ワシントンのシンクタンク業界のオブザベーション
先月、出張で北京と上海を回ってきたんですが、ワシントンへの帰り道で東京へも立ち寄ってきました。東京で滞在中は、専門である高齢化の話をする場合と、シンクタンク業界の話をする機会と両方あったのですが、以下は、後者のために作った走り書きメモのようなものです。当地の政策業界の最近の動向が少しでもお伝えできれば幸いです。少々荒いメモで言葉足らずのところも多々ありますが、ご質問は、メイルにて直接お送り下さい。
2008年、イラク戦争の泥沼化、ハリケーン・カトリーナの対応の遅れ、社会保障年金改革失敗などにより、支持率が底を付き大変不人気なブッシュ政権下で政権奪取を夢見てきた民主党陣営の重要な活動拠点。
民主党系シンクタンクの新設:アメリカ進歩研究所 (CAP)― クリントン政権の首席補佐官を務めていたジョン・ポデスタ氏(右写真:CAPより)が2003年に創設。新米国安全保障研究所 (CNAS) ― CSIS上級副所長兼国際安全保障部長だったカート・キャンベル氏(右下写真:CNASより)と上級顧問だったミッシェル・フローノイ女史(左下写真:国防総省ウェブより)が、CSISを退所して民主党陣営の外交・安全保障政策の枠組みを確立するために2007年2月に創設。
==> ポデスタ率いるCAPは、ブッシュ政権からオバマ政権への政権交代過程において、できる限り連邦政府の行政実務に支障の無いよう引き継ぎを行う上で、最も重要な役割を果たしたと言っていいだろう。
==> 一方、共同創設者としてCNASの理事長、所長をぞれぞれ務めたフローノイ女史とキャンベル氏は、新政権誕生とともに、それぞれ国防次官(政策担当)、国務次官補(東アジア・太平洋地域担当)に指名されている。(キャンベル氏は、上院の承認手続き中。)政権の外交・安保政策の立案と実施を司る中枢機関に、どちらもトップ政治任用で就任を果たした。彼らの残したCNASも、民主党系の専門家を吸収しながら成長を続けている。キャリア形成上も、民主政権とその政策を支えるブレーンとしても、この数年の彼らの戦略的な動きは、すばらしかった。
老舗シンクタンクも衣替え:ブルッキングス研究所に代表される民主党系シンクタンクは、ややアカデミックな色彩が強く、政策活動における機動力に欠ける面があった。しかし、近年この点を改善し、刻々と変わる政治、経済、国際情勢に対して、また、大統領選中、政権奪取以降の政権移行サポート、新政権始動などに際して、迅速で細やかな専門家の分析、情報、提案、また人材を提供し始めた。一部、共和党系シンクタンクが得意としてきた手法(政策イシューごとにポイントを絞った短いメモ方式のアウトプット)を見習い、取り入れる。セミナー等のイベント頻度も格段に増している。
2.グローバル化の深化、経済社会問題の複雑化とのかかわり
シンクタンク間で組織を垣根を越えた大規模共同プロジェクトが目立つようになる。一方、組織内で研究に一定の方向性を持たせ、品質維持・管理を行う研究統括の形骸化、廃止が散見される。
代表的な共同プロジェクト:China Balance Sheet Project――外交・安全保障を得意とするCSISと国際経済を得意とする国際経済研究所(Peterson Institute for International Economics)による約3年の包括的、学際的、中国研究プロジェクト。 Hamilton Project――Brookings, Urban, Heritage, Cato, Harvard, Johns Hopkinsなど医療保険制度改革で有力な声となる各シンクタンク・大学研究機関がに改革案を持ち寄り、政策議論を戦わせ、改革議論を先に進めるために、組織、党派の垣根を越えて専門家のコンセンサス作りを目指すプロジェクト。
組織内の研究統括権限が分散化: 組織規模が拡大し、扱う政策イシューが広がり、また、グローバル化の深化や経済社会の複雑化につれて、よりグローバル化、学際的なアプローチを要する研究プロジェクトを、一統括オフィス、一統括責任者が、管理することは困難になってきている。研究部間や、研究部と他のオフィスとの調整的なプロセスは残されているが、各プロジェクトの立ち上げ、資金調達、運営、そして評価については、各研究部長、プロジェクト・ディレクターレベルに置かれる傾向にある。組織内評価も形式的には残っているが、より重要なのは、市場メカニズムによる外部評価。
3.メディア・技術進歩とのかかわり
政策アイデアを創出し自らニュース・メーカーとなる一方、その時々の情勢・動向に関する信頼できる情報・分析を提供することで、シンクタンク業界とメディア業界の関係が深まっている。また、インターネットのますますの普及とネット上の映像メディアの発達を受けて、シンクタンクの情報発信媒体、手法にも近年変化が見られる。
広報部の機能強化:シンクタンク研究員にとって、出版、インタビュー、コメントの引用、出演などは、従来より研究成果をより広く世間に普及させ、自身や組織の名前を売り込む意味でも重要な職務の一つ。近年、情報技術の発達などによりニュース・サイクルも短くなり、世界各地のあらゆる出来事をカバーしなければいけないこともあり、シンクタンク研究員の専門性はより重宝されるようになってきた。各シンクタンク広報部の機能が強化される傾向にあり、メディア担当部長らは、C-SPANや主要メディアのワシントン記者らと常にコミュニケーションをとりながら、ニュース・メディアにおける政策的ニーズと組織内の各専門家の専門性の相性を探っている。記者会見やメディア・リリースの頻度が高まっている。
ウェブサイトの機能強化とリニューアル:ネット上で強いプレゼンスを持たないシンクタンクは、世論形成、政策議論促進、政策形成上も強い影響力を持ち得ない時代になっている。印刷物離れ、PDFファイルでの電子配信が主流に。リアルタイムでのウェブキャスト放送、イベント映像アーカイブの充実、YouTubeやI-Tuneの利用、ブログやオンライン・フォーラムの利用など、新しい技術や手法が導入されている。
4.金融・経済危機とのかかわり(シンクタンク財政運営)
年間予算に占める基金運用益収入割合が多いシンクタンクほど、資本市場の暴落による基金財産の目減りと運用益減少による財政的痛手を受ける。一方、個人や企業スポンサーからの寄付金収入への依存が高いシンクタンクほど、スポンサーシップ解消による収入源の痛手が大きい。どちらにしても、2009財政年度(2008年10月~2009年9月)は、近年に無い苦しい財政運営を迫られている。
5.ワシントン・シンクタンク業界と「日本の地盤沈下」、日系コミュニティとのかかわり
国際関係における日本のプレゼンスの低下は、ワシントンにおける日本のプレゼンスの低下として表れる。中国の台頭が著しい中、「日本の地盤沈下」が見られる。日本の官民各組織の駐在者、出向者による現地コミュニティの縮小は、長い不景気の只中にいた1990年代のほうが著しかった。近年、日系企業の体力が戻ってきたことに加えて、日本の経営者の間でワシントン情報の重要性に対する認識が若干戻ってきた感がある。
日本の地盤沈下:アメリカには政策産業が成り立っている。大学の研究機関とは違って、政策シンクタンクはこの産業内での政策的需要に左右される。ブッシュ・小泉政権下で特に良好だった日米関係、緊急を要する二国間政策イシューは無く、日本が経済的脅威と見られたのも遠い過去となり、今後高齢化・人口減で国際舞台における日本のプレゼンスは今後一層縮小していくと考えられる。ワシントンはこれらをいち早く察知し、日本研究プロジェクトは、数えるほどしか残っておらず、親日・知日専門家は、政権ポストやシンクタンクから次々と退いている。
シンクタンク付き合いの経験が少ない日系企業:日本にアメリカ型のシンクタンクは無いに等しい。組織内に調査部を抱えるか、調査委託として外部にアウトソースするコンサルティング関係は理解されているが、米国型の非営利・独立シンクタンクとのスポンサーシップ関係に対する十分な理解があるとは言えない。ワシントン駐在所長の人事変えで、3~5年の経験の蓄積は失われ、また一からのスタートとなる。将来、日本で政策産業が興こり、民間独立シンクタンクが機能するためには、財政的サポーターとして、政策形成の一プレーヤーとして、また、戦略的経営の下にビジネス展開するグローバル企業として、こうした経験を蓄積した企業が多く国内に存在することが望ましいと考えられる。
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