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ヒラリー訪日、麻生首相訪米――日本の実行力を見極める

ヒラリーのイメージ改善戦略
ビル・クリントンが大統領在任中のアジア歴訪で日本を素通りして「ジャパン・パッシング」と評して日本側から反感を買ったいきさつはあまりにも有名だ。ヒラリーが大統領予備選を戦っていたころ、そして、国務長官の指名が取りざたされた頃から、この「パッシング」のトラウマが日本の外交筋の脳裏に蘇り、ヒラリーの対アジア外交戦略に関する発言や行動の一つ一つに非常に神経質になっている様子がワシントンからも伺える。

残念ながら、選挙中のヒラリーはこのことが十分理解できていなかったようだ。ヒラリーの外交顧問の中に、日本の外交筋の深層心理まで理解し、戦略的な助言ができる人物がまだいなかったか、発言力が小さかったと言ったほうが良いかもしれない。ヒラリーの2007秋のForeign Affairs (1112月号) への寄稿論文は、このことを如実に示している。Security and Opportunity for the Twenty-first Centuryと題された同論文は、ヒラリーの外交大綱案とも言えるものだが、日米関係についての記載は一切い。"Japan"への言及はたったの2回。環境や対テロなど地域やグローバルな問題において協調が必要、有効な国々が列挙される中に出てきたのみだ。一方、"China"の言及は12回。単に回数の問題でなく、極めつけの一文を入れてしまった。"Our relationship with China will be the most important bilateral relationship in the world in this century."――すなわち、今世紀において米中関係が最も重要な二国関係である、と明言したのだ。

CSIS戦略国際問題研究所のマイク・グリーン氏(ブッシュ政権で国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長、大統領選挙中はマケイン陣営の対アジア政策顧問)が、つい先日、この件について(半分冗談交じりに)、"[B]oy, if you want to get the Japanese public and the Japanese government unhappy, that’s how you do it."(日本の世論や政府を不快にさせたかったら、これこそまさにそのやり方だ)とコメントしている。

Hillary_1_2この論文に日本側が難色を示したことは、グリーン氏だけでなくワシントンの対日関係専門家にすぐに察知されたに違いない。そして、ヒラリーの顧問らも今度はしっかりと進言したようだ。

今年
113日、上院で開催されたヒラリーの国務長官指名承認公聴会の証言の中で、ヒラリーはForeign Affairs での前言を、方々に波風を立てないように巧みに修正している。すなわち、米日、米中に関する表現は次のようになったのだ。"Our alliance with Japan is a cornerstone of American policy in Asia, essential to maintaining peace and prosperity in the Asia Pacific region, and based on shared values and mutual interests……China is critically important as an actor who will be changing the global landscape."今度は、日本こそが米国の対アジア政策における「拠り所、要」である、と明言している。

従って、アジアを訪れるに当たって最初の訪問国に日本を選んだのは、これを名実ともに示そうとした結果とも言える。そして、麻生首相のホワイトハウスへの招待の意図もこの延長線上にあると理解してよいだろう。但し、「これこそは、日本が新オバマ政権に重要視されている最たる証拠だ」と浮かれ過ぎるのは良くない。政権発足以来のオバマは、国内の金融・経済危機対策に掛かりっきりで猫の手も借りたい状態が続いている。外遊で長く国を空ける余裕は今のオバマにはない。だからこそ、閣僚内の外交チームに加えて特使、特別代表を中東、欧州、アジア各地へ送ることで新政権の外交姿勢をメッセージとして伝えるアプローチを取ったのだろう。

これは、海外からの首脳陣受け入れについても当てはまる。オバマが手一杯な上に、まだ外交上の一つ一つの政策について詰め切れていない段階で、慎重に交渉を進めなければならない困難な課題を幾つも抱えるような国(例えば中国)の首脳などに来てもらう余裕は無い。そこのところ、台頭が著しいアジアの地域大国の一つであり、長年米国と親しい同盟国であり、また、中国へのヘッジ、北朝鮮・環境・経済問題などで、日本が米国に重要であることは間違いなく、麻生首相をまず呼んで歓待することに米国として損することは何もない。その上、日米間に困難な課題はこれと言って無いために、受ける側の負担もそれほど高くない。オバマの時間を少々割いて同席させるくらいは、お安い御用なわけだ。さらに、「パッシング」されると妙にいじけたようになる日本の外交筋も、一番訪問、一番招待といった扱いを受けると、特に具体的に日本の国益になることが無かったとしても、妙に喜ぶ国であることも見透かされている。ある意味、手のひらの上を転がされているといっても良いかもしれない。

そもそもどうして最初にアジア外遊なのか

中国の台頭がこれだけ著しい中、対東アジア外交が米国にとって重要であることは、誰の目にも明らかだ。だからこそヒラリーはForeign Affairsで対中に大々的に焦点を当てたのであるし、日本の反応を見て、これではまずいので多少バランスを取る修正的な言動を見せているのだ。しかし、緊急性を要する地域ではないことも事実。そういった意味では、オバマ政権の外交優先は、明らかにアフガニスタンで近年悪化している状況に歯止めをかけること、さらに、もう少し広く中東の情勢安定化にある。だからこそ、ジョージ・ミッチェル中東特使とリチャード・ホルブルック・アフガニスタン・パキスタン特使が、真っ先にオバマの任を受けて現地へ発ったのである。

伝統的に国務長官の最初の遊説先としてポピュラーな欧州はどうか。これには、ドイツでミュンヘン安全保障会議が予定されていたこともあり、ジョセフ・バイデン副大統領とジム・ジョーンズ大統領補佐官(国家安全保障担当)が新政権のメッセンジャーの役割を果たした。しかし、本来同会議は、国防長官が出席するものであり、米副大統領が出向くことは異例である。そこはやはり、イラク政策の継続や、超党派協調のシンボルとして置いているゲイツ国防長官では、新政権の顔として欧州に行かせるには不適切との判断があったものと思われる。だからと言って、安保畑の集まりにヒラリーを送ってしまうと、ゲイツの面目丸つぶれとなる。だからこそ、ホワイトハウス内の安保ブレーンであるバイデン・ジョーンズ組の派遣で収まったとの見方がある。

こうなると残された地域はアジアとなる。ヒラリーにとっていくつもの好都合な要素があり、「残りものに福」があった形になった、ともいえるかもしれない。そもそも、Foreign Affairsの論文に見られるように、中国をはじめアジア外交にヒラリーは力点を置いた外交ビジョンを示していたこと。オバマ、ヒラリーとも、アジアへのパワーシフトを敏感に感じているのだ。ヒラリーの外交ビジョンを示すキーワードは、「ソフト・パワー(または、ソフト・ハードを巧みに組み合わせるスマート・パワー)」である。世界的な米国の威信が低迷する中、アジア地域における米国のソフトパワー健在であることが、昨年6月シカゴ外交評議委員会、さらに今年2月にCSISが公表した国際世論調査でも明らかにされ、メディアやワシントンのアジア専門家の間で大変話題になった。イスラム圏との関係改善の足がかりにイスラム教徒最大人口国インドネシア訪問は重要な上に、オバマが幼少期をジャカルタで過ごしているために、現地でオバマが大変な人気。米政権閣僚として初訪中を果たすことで、オバマ政権内で対中外交を誰が取り仕切るのか、国内向けにシグナル。

については、周知のように、ブッシュ政権下ではポールソン財務長官が「米中戦略経済対話」の枠組みで米中首脳間の体系的、定期的な対話を深めたことが評価されている一方で、経済偏重の対話となり、人権、軍事・安全保障、対テロ、環境など他の分野が疎かになったとの批判、反省もあり、ヒラリー自身も「より包括的な対話、関係構築の必要性」を提唱している。しかし、今のところ、米中二国間関係をオバマ政権内で誰が取り仕切るのか明確になっていない。日本・中国に滞在経験もある東アジア経済通のガイトナー財務長官は当然この有力候補だが、上院指名承認公聴会で「中国は為替操作をしている」との見解を明確にしたことが対中関係に影を落とす懸念もある。「包括的対話、関係構築」を本格的に進めることになれば、ヒラリーとなる可能性も大。従って、中国一番乗りは、ヒラリーが政権内にアピールするには絶好の機会だった。

アジア外遊の成果とは何か
090217 政権誕生のこれだけ早い段階で一つ一つの外交案件で米国としての戦略をまだ詰め切れていないために、具体的な案件において外交的成果はヒラリーは狙っていないし、国内から求められてもいない。従って、今回のアジア遊説でのミッションは、ブッシュ政権下で傷んだ米国のイメージ(そうは言っても、上述したように、アジアにおける米国のイメージは、他地域と比べるとそれほど悪いわけではない)を改善することにある。そのためにヒラリーは、訪れたそれぞれの国で、殺人的なスケジュールの中、各国首脳との会談の他、メディア、学生、その他一般国民へのアウトリーチに努め、世界のリーダーとして説教して回る米国ではなく、「耳を傾ける謙虚な米国」の姿を印象付けただろう。米国内メディアでは、この懸命なアウトリーチの姿を「大統領予備選時さながら」と表現する声もあった。国外へ飛び出して、アジアで米国の外交、米国の世界戦略に清き一票を求めて回ったというわけである。しかし、選挙戦と政権運営が異なるように、外交で耳を傾けることと相手の言い分を聞き入れることとは違う。本格的に外交交渉、駆け 引きが始まるのは、これからなのだ。

対日の文脈で言えば、上述したヒラリー自身の対日外交に対するイメージ改善も重要であるが、もう一つ重要なミッションがあったはずだ。それは、日本がアジアの重要な外交パートナーとして実行力を持つ国であるかどうかの見極めである。ねじれ国会、麻生政権の支持率も落ちるところまで落ちており、閣僚の不祥事も続く、選挙も迫っており政権交替の可能性もある――こうした日本国内の政治情勢の問題もあり、単に日本は米国にとって積極的に不利益になるようなことはしないばかりか、価値観を共有した信頼できる国であることは、政権が変わってもその評価に変わりは無いであろうが、二国間、多国間で交渉、約束したことを、どこまで国内的調整をした上でしっかりと実行してくれる力があるのか、そうした意味でのクエスチョンマークは、米外交筋でも日に日に大きくなっている。今回ヒラリーは、小沢さんとも会談しているが、単にお近づきになるためだけでなく、民主党政権になった時の可能性も含めて見極めを行ったはずである。

P022409ps0046redオバマとの会談もしかりである。ヒラリーの発訪日の手土産として実現した日米首脳会談だが、麻生さんは、運が悪かった。オバマの「一般教書演説」にあたる施政方針演説の日と被ってしまったのだ。同演説の重要性は、日本の首相のそれとは全く比にならない。大統領のスピーチライターを中心に推敲に推敲を重ね、オバマ自身も忙しいスケジュールの合間を縫ってリハーサルを重ねて当日を迎えているはずである。麻生首相との会談が、その日の大統領のスケジュールのハイライトでなかったとしても、日本人として多少日本にひいき目に見る私でさえも、納得できる。

具体的な政策議論は、交わされなかっただろう。しかし、ヒラリーの日本での会談とポイントは同じだ。和やかに言葉を交わしながら、冷静に見極められている。麻生という人物は一国の首相としどう評価されるべきか、日本という国は同盟国としてどう評価されるべきか、特にその人物、一国の「実行力」の面で。何の「実行」を日本に期待しているのか――アフガニスタン復興支援とアジアでの環境イニシアティブ、そのどちらか、または両方だろう。前者への日本の貢献は、ねじれ国会や麻生政権の政治的資本の低下により、その実現度にいくつものクエスチョンマークがつく。日本の技術力を前面に出し、後者に一端は絞った形で二国間、多国間での貢献を求めてくるかもしれない。いずれにしても、ヒラリー、オバマの歓待によってボールは日本に投げられた。いかに投げ返して来るのか――日本は試されている。日本に応える準備はあるのか。

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